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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
それはホンの一瞬の間だった。が、その一瞬の間に一目見た青年の顔は、美奈子の心に、名工が鑿を振ったかのように、ハッキリと刻み付けられてしまった。
彼女は、今まで異性の顔に、自分から注意を向けたことなどは、殆どなかった。が、今見た青年の顔は、彼女の注意の凡てを、支配するような不思議な魅力を持っていた。
白いくっきりとした顔、妹によく似た黒い眸、凜々しく引きしまった唇、顔全体を包んでいる上品な匂。
お墓参りの後の、澄み渡ったような美奈子の心持は、忽ち掻き擾されてしまった。彼女ののんびりとしていた歩調は、急に早くなった。彼女の心は、強い力で後へ引かれながら、身体丈けは彼女の意志とは反対に、前へ/\と急いでいた。丁度、恐ろしいものからでも逃れるように。
彼女の擾れていた心が、だん/\和んで来るのに従って、先刻の妹の方から受けた挨拶のことを、考えていた。先方は、自分を知っているに違ない。少くとも、妹の方丈は、自分を知っていて呉れるに違ない。が、そうは思って見るものの、妹が誰であるか何うしても思い出されなかった。
が、通り過ぎた時に、チラと見た所に依ると、二人が、つい近く失ったばかりの肉親のお墓詣りをしていたこと丈は、明かだった。