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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
彼女は、成るべく聞くまい見まいと思った。が、そう努めれば努めるほど、青年の言葉やその白皙の面に浮ぶ微笑が、悩ましく耳に付いたり、眼についたりした。
青年の面には、歓喜と満足とが充ち溢れているのが、美奈子にも感ぜられた。彼の眼中には、瑠璃子夫人以外のものが、何も映っていないことが、美奈子にもあり/\と感ぜられた。母の傍にいる自分などは、恐らく青年の眼には、塵ほどにも、芥ほどにも、感ぜられてはいまいと思うと、美奈子は烈しい淋しさで胸が掻き擾された。
が、それよりも、もっと美奈子を寂しくしたことは、今迄愛情の唯一の拠り処としていた母が、たとい一時ではあろうとも、自分よりも青年の方へ、親しんでいることだった。
大船を汽車が出たとき、美奈子は何うにも、堪らなくなって、向う側の座席が空いたのを幸に、景色を見るような風をして、其処へ席を移した。
母と青年との会話は、もう聞えて来なくなった。が、一度掻き擾された胸は、たやすく元のようには癒えなかった。
彼女は、こうした苦しみを味わいながら、此先一月も過さねばならぬかと思うと、どうにも堪らないように思われ出した。そうだ! 箱根へ着いて二三日したら、何か口実を見付けて自分丈け帰って来よう。