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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
美奈子は、心の中から青年が、気の毒だった。
母が故意に、青年の心持に、逆らっていることが、可なり気の毒に思われた。
自動車が、小田原の町を出はずれた時だった。美奈子は何気ないように云った。
「お母様。湯本から登山電車に乗って御覧にならない。此間の新聞に、日本には始めての登山電車で瑞西の登山鉄道に乗っているような感じがするとか云って、出ていましたのよ。」
美奈子には、優しい母だった。
「そうですね。でも、荷物なんかが邪魔じゃない?」
「荷物は、このまゝ自動車で届けさえすればいいわ。特等室へ乗れば自動車よりも、楽だと思いますわ。」
「そうね。じゃ、乗り換えて見ましょうか。青木さんは、無論御賛成でしょうね。」
瑠璃子は、青年の顔を見て、皮肉に笑った。青年は、黙って苦笑した。が、チラリと美奈子の顔を見た眼には美奈子の少女らしい優しい好意に対する感謝の情が、歴々と動いていた。
二
富士屋ホテルの華麗な家庭部屋の一つの裡で、美奈子達の避暑地生活は始まった。
『暮したし木賀底倉に夏三月』それは昔の人々の、夏の箱根に対する憧憬であった。関所は廃れ、街道には草蒸し、交通の要衝としての箱根には、昔の面影はなかったけれども、温泉は滾々として湧いて尽きなかった。