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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

美奈子は、何だかその不知人が、気になったが、母に訊くことが、悪いように思って、何うしても口に出せなかった。すると、ホテルの門を出た頃に、先刻から黙っていた青年が初めて瑠璃子に口を利いた。

「一体今の人は誰です。御存じじゃありませんか。」

「いゝえ! ちっとも、心当りのない方ですわ。でも、可笑しな人ですわね。妾達を、じっと見詰めたりなんかして。」

瑠璃子は、何気なく云ったらしかった。が、声が平素のように、澄んだ自信の充ち満ちた声ではなかった。

「そうですか、御存じないのですか。でも、先方は、僕達のことをよく知っているようですねえ。」

青年は、不審しげにそう云った。が、瑠璃子は、聞えないように返事をしなかった。

三人は、底気味の悪い沈黙を、お互の間に醸しながら、宮の下の停留場から、強羅行の電車に乗った。

が、電車に乗っても、三人は散歩に行くと云ったような気持は少しもなかった。美奈子は、人身御供にでもなったような心持で、たゞ母の意志に従っていると云うのに過ぎなかった。

青年は、無論最初から滅入っていた。大事な返事を体よく延ばされたことが、彼にとっては、何よりの打撃であったのだ。