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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
彼が楽しんでいる筈はなかった。
瑠璃子も、最初は二人を促して、散歩に出たのであったが、玄関で紳士に逢ってからは、隠し切れぬ暗い翳が、彼女の美しい顔の何処かに潜んでいるようだった。
夜の箱根の緑の暗を、明るい頭光を照しながら、電車は静かな山腹の空気を顫して、轟々と走りつゞけたかと思うと直ぐ終点の強羅に着いていた。
電車を去ってから、可なり勾配の急な坂を二三町上ると、もう強羅公園の表門に来た。
電車が、強羅まで開通してからは、急に別荘の数が増し、今年の避暑客は可なり多いらしかった。
公園の表門の突き当りにある西洋料理店の窓から、明るい光が洩れ、玉を突いているらしい避暑客の高笑いが、絶え間なく聞えていた。
夜の公園にも、涼を求めているらしい人影が、彼方にも此方にもチラホラ見えた。
二
三人は、西洋料理店の左から、コンクリートで堅めた水泳場の傍を通って、段々上の方に登って行った。
公園は、山の傾斜に作られた洋風の庭園であった。箱根の山の大自然の中に、茲ばかり一寸人間が細工をしたと云ったような、こましゃくれた、しかし、厭味のない小公園だった。
園の中央には、山上から引いたらしい水が、噴水となって迸って、肌寒いほどの涼味を放っていた。