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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
――彼女は、蜘蛛だ。恐ろしく、美しい蜘蛛だ。自分が彼女に捧げた愛も熱情も、たゞ彼女の網にかゝった蝶の身悶えに、過ぎなかったのだ。彼女は、彼女の犠牲の悶えを、冷やかに楽しんで見ていたのだ。
今年の二月、彼女は自分に、愛の印だと云って、一個の腕時計を呉れた。それを、彼女の白い肌から、直ぐ自分の手首へと、移して呉れた。彼女は、それをかけ替のない秘蔵の時計であるようなことを云った。彼女を、純真な女性であると信じていた自分は、そうした賜物を、どんなに欣んだかも知れなかった。彼女を囲んでいる多くの男性の中で、自分こそ選ばれたる唯一人であると思った。勝利者であると思った。自分は、人知れず、得々として之れを手首に入れていた。彼女の愛の把握が其処にあるように思っていた。彼女の真実の愛が、自分一人にあるように思っていた。
が、自分のそうした自惚は、そうした陶酔は滅茶苦茶に、蹂み潰されてしまったのだ。皮肉に残酷に。
昨日自分は、村上海軍大尉と共に、彼女の家の庭園で、彼女の帰宅するのを待っていた。その時に、自分はふと、大尉がその軍服の腕を捲り上げて、腕時計を出して見ているのに気が附いた。