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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

が、大尉に何の罪があろう。自分達立派な男子二人に、こんな皮肉な残酷な喜劇を演ぜしめるのは、皆彼女ではないか。彼女が操る蜘蛛の糸の為ではないか。自分は、彼女が帰り次第、真向から時計を叩き返してやりたいと思った。

が、彼女と面と向って、不信を詰責しようとしたとき、自分は却って、彼女から忍びがたい恥かしめを受けた。自分は小児の如く、飜弄され、奴隷の如く卑しめられた。而も、美しい彼女の前に出ると、唖のようにたわいもなく、黙り込む自分だった。自分は憤と恨との為に、わな/\顫えながら而も指一本彼女に触れることが出来なかった。自分は力と勇気とが、欲しかった。彼女の華奢な心臓を、一思いに突き刺し得る丈の勇気と力とを。

が、二つとも自分には欠けていた。彼女を刺す勇気のない自分は、彼女を忘れようとして、都を離れた。が、彼女を忘れようとすればするほど、彼女の面影は自分を追い、自分を悩ませる。

手記は茲で中断している。が半頁ばかり飛んでから、前よりももっと乱暴な字体で始まっている。

何うしても、彼女の面影が忘れられない。それが蝮のように、自分の心を噛み裂く。彼女を心から憎みながら、しかも片時も忘れることが出来ない。