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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

彼女が彼女のサロンで多くの異性に取囲まれながら、あの悩ましき媚態を惜しげもなく、示しているかと思うと、自分の心は、夜の如く暗くなってしまう。自分が彼女を忘れるためには、彼女の存在を無くするか、自分の存在を無くするか、二つに一つだと思う。

又一寸中断されてから、

そうだ、一層死んでやろうかしら。純真な男性の感情を弄ぶことが、どんなに危険であるかを、彼女に思い知らせてやるために。そうだ。自分の真実の血で、彼女の偽の贈物を、真赤に染めてやるのだ。そして、彼女の僅に残っている良心を、恥しめてやるのだ。

手記は、茲で終っている。信一郎は、深い感激の中に読み了った。これで見ると、青年の死は、形は奇禍であるけれども、心持は自殺であると云ってもよかったのだ。青年は死場所を求めて、箱根から豆相の間を逍遥っていたのだった。彼の奇禍は、彼の望み通に、偽りの贈り物を、彼の純真な血で真赤に染めたのだ。が、その血潮が、彼女の心に僅かに残っている良心を、恥しめ得るだろうか。『返して呉れ』と云ったのは『叩き返して呉れ』と云う意味だった。信一郎は果して叩き返しただろうか。

彼女が、瑠璃子夫人であるか何うかは、手記を読んだ後も、判然とは判らなかった。