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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

八

そしてこの少女の、容色に魅せられた敵将を、閨中でたった一突きに刺し殺したのです。美しい少女は、自分の貞操を犠牲にして、幾万の同胞の命と貞操とを救ったのです。その少女の名こそ、今申し上げたユージットなのでございます。」

八

瑠璃子の心は、勇ましいロマンチックな火炎で包まれていた。牝獅子の乳で育ったと云う野蛮人の猛将を、細い腕で刺し殺した猶太の少女の美しい姿が、勇ましい面影が、蝕画のように、彼女の心にこびりついて離れなかった。少女に仮装して、敵将を倒した日本武尊よりも、本当の女性である丈に、それ丈け勇ましい。命よりも大切な、貞操を犠牲にしている丈に、限りなく悲壮であった。

「妾はユージットのように、戦って見たいと思うのです。」

二千有余年も昔の、猶太の少女の魂が、大正の日本に、甦って来たように、瑠璃子は炎の如く熱狂した。

が、父は冷静だった。彼は、熱狂し過ぎている娘を、宥めるように、言葉静かに説き諭した。

「瑠璃子! お前のように、そう熱しては困る。女の一番大事な貞操を、犠牲にするなどと、そんな軽率なことを考えては困る。数万の人の命に代るような、大事な場合は、大切な操を犠牲にすることも、立派な正しいことに違いない。