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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

三

青年は、美奈子の返事が遅いのを、彼女が内心当惑している為だと思ったのであろう。彼は、自分の突然な申出の無躾さを恥じるように云った。

「いらっしゃいませんですか。じゃ、僕一人行って来ますから。僕は、日の暮方には、どうも室の中にじっとしていられないのです。」

青年は、弁解のように、そう云いながら室を出て行こうとした。

美奈子は、胸の内で、青年の勧誘に、どれほど心を躍らしたか分らなかった。青年とたった二人切りで、散歩すると云うことが、彼女にとってどんな駭きであり欣びであっただろう。彼女は、駭きの余りに、青年の初めの勧誘に、つい返事をし損じたのであった。彼女は、どんなに青年が、もう一度勧めて呉れるのを待ったであろう。もう一度、勧めてさえ呉れゝば、美奈子は心も空に、青年の後から従いて行くのであったのだ。

が、青年には美奈子の心は、分らなかった。彼には、美奈子が返事をしないのが、処女らしい恥しさと後退のためだとより、思われなかった。彼は、最初から誘わなければよかったと思いながら、一寸気まずい思いで、部屋を出た。

青年が、部屋を出る後姿を見ると、美奈子は取返しの付かないことをしたように思った。