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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

二

二

荒るゝまゝに、夜は十二時に近かった。

台所にいる筈の女中達は、眠りこけてでもいるのだろう、話声一つ聞えて来なかった。ただ吹き暴るゝ大風雨の裡に勝平と瑠璃子と丈が、取り残されたように、睨みながら、相対していた。

空に風と雨とが、戦っているように、地に彼等は戦っているのだった。瑠璃子は戦うべき力もなかった。武器も持ってはいなかった。たゞ彼女の態度に備る天性の美しい威厳一つが、勝平の獣的な攻撃を躊躇させていた。が、その躊躇も、永く続く筈はなかった。勝平の眼が、段々狂暴な色を帯びると共に、彼は勢猛に瑠璃子に迫って来た。彼女は、相手の激しい勢に圧されるようにジリ/\と後退りをせずにはいられなかった。

勝平の今少し前の懺悔や告白が、こうした態度に出るまでの径路であった――一旦下手から説いて見て、それで行かなければ腕力に訴える――かと思うと、勝平に対して、懐いていた一時の好感は、煙のようになくなって、たゞ苦い苦い憎悪の滓丈が、残っていた。指一つ触れさせてなるものか、そうした堅い決意が、彼女の繊細な心臓を、鉄のように堅くしていた。

が、彼女の精神的な強さも、勝平の肉体の上の優越に打ち勝つことが出来なかった。