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しんじゅふじん
真珠夫人
菊池 寛
「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页
八
それは妻一人の責任ではなくして、日本の文化そのものの責任であると。
が、彼は今瑠璃子夫人と会って話していると、日本にも初めて新しい、趣味の上から云っても、思想の上から云っても優に男性と対抗し得るような女性の存在し始めたことを知ったのである。夫人と話していると、妻の静子に依って充されなかった欲求が、わずか三四分の同乗に依って、十分に充たされたように思った。
そう思ったとき、その貴い三四分間は、過ぎていた。自動車は、万世橋の橋上を、やゝ速力を緩めながら、走っていた。
「いやどうも、大変有難うございました。」
信一郎は、そう挨拶しながら、降りるために、腰を浮かし始めた。
その時に、瑠璃子夫人は、突然何かを思い出したように云った。
「貴君! 今晩お暇じゃなくって?」
八
「貴君! 今晩お暇じゃなくって?」
と、云う思いがけない問に、信一郎は立ち上ろうとした腰を、つい降してしまった。
「暇と云いますと。」
信一郎は、夫人の問の真意を解しかねて、ついそう訊き返さずにはいられなかった。
「何かお宅に御用事があるかどうか、お伺いいたしましたのよ。」
「いゝえ! 別に。」
信一郎は夫人が、何を云い出すだろうかと云う、軽い好奇心に胸を動かしながら、そう答えた。