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しんじゅふじん

真珠夫人

菊池 寛

「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」1920(大正9年)6月9日~12月22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,296 字 · 578 页

青空文庫

そのかみの事

一

が、たゞ生易しく平和の裡に、返すべき時計でないことは明だった。その時計の中に含まれている青年の恨みを、相手の女性に、十分思い知らさなければならない時計だったのだ。たゞ、ボンヤリと返しただけでは青年の心は永久に慰められていないのだ。信一郎はもう一度瑠璃子夫人の手から取り返して、青年の手記の中の所謂『彼女』に突き返してやらねばならぬ責任を感じたのである。

が、『彼女』とは一体誰であろう。

そのかみの事

一

「あら! お危うございますわ。」と、赤い前垂掛の女中姿をした芸者達に、追い纏われながら、荘田勝平は庭の丁度中央にある丘の上へ、登って行った。飲み過ごした三鞭酒のために、可なり危かしい足付をしながら。

丘の上には、数本の大きい八重桜が、爛漫と咲乱れて、移り逝く春の名残りを止めていた。其処から見渡される広い庭園には、晩春の日が、うら/\と射している。五万坪に近い庭には、幾つもの小山があり芝生があり、芝生が緩やかな勾配を作って、落ち込んで行ったところには、美しい水の湧く泉水があった。

その小山の上にも、麓にも、芝生の上にも、泉水の畔りにも、数奇を凝らした四阿の中にも、モーニングやフロックを着た紳士や、華美な裾模様を着た夫人や令嬢が、三々伍々打ち集うているのだった。