Classici giapponesi con furigana
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しんらん
親鸞
吉川 英治
Leggi 親鸞 (しんらん) di 吉川 英治 (よしかわえいじ) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 566.138 caratteri · 1127 schermate
――ましてや人間の苦患に対しては絶対な慈悲をもって接しなければならない。仏の御弟子である以上はなおさらのことである。
「どうしたらよいか」範宴は、その夜、眠らずに考えた。
しかし、よい解決は見つからなかった。それは、範宴自身が、仏の御弟子であり、きびしい山門の学生であるから、おのずから法城の道徳だの、行動の自由にしばられて考えるからであった。ふと、彼は、
(もし、ここに、兄弟の母がまだ生きておいでになったら、どうなさるだろうか)と考えた。
するとすぐ、範宴も、決心がついたのであった。
(――自分が母にかわればよい)ということであった。
何といっても、朝麿も自分も、幼少に母を亡っているので、母のあまい愛に飢えていることは事実である。――何ものよりも高い養父の御恩は御恩としても、男性の親にはない母性の肌や、あまえたいものや、おろかなほど優しい愛撫だのに――飢えていたことは事実であろう。
自分にすらそれを時折は感じるのであるから、あの病身な、気の弱い弟は、なおさらであるにちがいない。
そういう永年のさびしさが、青春の処女と、燃えついたのは、人間の生理や心理からいえば、当然である。