Classici giapponesi con furigana
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しんらん
親鸞
吉川 英治
Leggi 親鸞 (しんらん) di 吉川 英治 (よしかわえいじ) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 566.138 caratteri · 1127 schermate
八
八
峰阿弥の顔に、一ひらの落花がとまった。手で払いのけながら、
「思うても御覧じ、どうして、この始末のわるい人間が生身のまま化仏できよう。あのまま寺にいて、僧正になっていたのと、加古川の片田舎で女と暮したあげく女に死にわかれて、盲目の芸人となって、座興の席を漂泊うてあるく今の境遇と、どちらがよいかは分らぬが、わしは、決して、後悔はしていない。――すこしも現在に不満と迷いはない。身を難行苦行の床におき、戒律の法衣に心をかためていた時よりも、かえって、今の身の方が仏身に近い気持がいたすのは一体どうしたものでしょうな。年のせいとばかりは考えられません。まだまだ、眼こそ見えぬが、これでもまあ、女性の側にいればわるい気はしない男なのですから」
範宴は一句の答えもし得なかった。しないでも峰阿弥は問わず語りに喋舌りつづけるので気づまることはないが、余りにも怖ろしい話だった、というて耳を蔽おうとすればかえって自身を偽く気もちが自身を責める、忌わしいようで真があり、醜いと感じながら自分にもある相だった。
「ははは、破戒僧のくり言は、これくらいにしておきましょう。そこで、御房のお考えはどうあるの? ……仏教も近年はずっと進んできたようですから、御房のような新知識から、わしらは学びたいと思うているがの。