Classici giapponesi con furigana
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しんらん
親鸞
吉川 英治
Leggi 親鸞 (しんらん) di 吉川 英治 (よしかわえいじ) in giapponese con furigana. JLPT N2. Tocca una parola per il significato.
N2 · avanzato · kanji e kana moderni · 566.138 caratteri · 1127 schermate
師たる自分からも満腔の念祷をもってご賢慮におすがり申す――というような内容なのである。
「弟も、弟じゃ……」月輪殿はふたたびこうつぶやいて、眼をふさいだ、脆い老涙が睫毛からはらはらと下る。
「その分別があるくらいなら、この身とて、こう苦労はせぬ。……弟は綽空がことしか知るまいが、わしは、現実に我が子の病躯を朝夕に見て苦しんでいるのじゃ」弟の慈円が、今さらそんなことをいって遣すことが、月輪殿には、むしろ不満だった。骨肉的な軽い憤りすらおぼえて、
「この身の苦悩は、それどころか」一門の長上という身でなければ、愚に返って、よよと泣いてしまいたいほどな感傷に禅閤ほどの人も子のためにはつつまれるのであった。だが、その感情の波をしずめて、もいちど、常の平常さをもって弟の慈円の文状を見直すと、なるほど、辞句のうえではそれだけのことしか書いてないが、言外に、一つの大きな意義を伝えているようでもある。それは、窮まる所に通ずる道のあることを暗示しているのだった。
(なんらかのご分別はないか)という言葉は、決して、単にそれだけの言葉ではなく、なにか、兄の月輪殿を叡山から叱呼して励ましているようにも聞えるのであった。