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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
女院の召使たちは、時の大問題が、眼のあたりに移って来たので、物々しげに囁き合ったり、彼女の当てがわれている監禁の一棟を覗き見に来たり、
「おお、嬰児の泣き声がする」
「あれが、義朝殿とのあいだに生した子か」
などと聞き耳を欹てた。
それよりも。
女院をはじめ、侍く女官たちは、べつな意味で、ほっと心を安めた。というのは、陰に陽に、六波羅の詮議や威嚇がここにも及んでいたからである。常磐さえ自首すれば、それで疑いの目も解かれるからであった。
「ようぞ、しやった」
と鳥羽蔵は、その働きを女官から賞めそやされた。この事件に就ての、彼の懸命さはたいへんなものであった。人知れず大和路から、常磐母子を京都へ連れ帰ってくるだけでも、並たいていな気苦労ではなかったろうに、ここへ着いてからでも、
「見張りを厳しゅう頼むぞ。刃物など持っていたら、騙して取上げておいてくれ」
などと寝食も忘れた眼いろして、やがて常磐を一室に監禁して、これでよしと見定めると、
「六波羅へ行ってくる」
と、御所の者に云い残し、気負い込んで出て行った。
それは二月十四日の黄昏で、その夜は六波羅問罪所で、ひと晩、彼自身が源氏の端くれでもあるので、取調べをうけたり口書を取られていたものとみえ、九条へは帰って来なかった。