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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
馬筏
一
馬筏
一
義経は、河辺に立って、
「水練の達者なものは名のり出でよ。河底へ潜って、逆茂木へ縦横に張りめぐらしてある荒縄を断ち切れ。――われと思わんものはないか」
と、味方を顧みて云った。
そのことばも終らないうちに、彼方此方で、
「おうっ」
「おお!」
と、兵ばらの奮いたつ答えが聞えた。
渋谷右馬允のそばにいた一家臣などは、具足を脱ぐのに誰よりも迅速だった。真っ裸になったかと思うと、義経の前を駈けぬけて、もう眼の前の奔流へ跳び込もうとしかけた。
「待て待て」
義経は、手をあげて、後からつづく者へも、注意した。
「春とはいえ、水は冷たい。雪のある山々にも近いゆえ、恐らくここの流れは身を切るほどだろう。そち達、水練には巧者でも、素肌では、寒烈な水底で、長い働きはできまいぞ。肌着のみは、着けてはいれ」
宇治川も変遷している。
当時の宇治川は後の世のそれのように、悠々と穏やかな相をもった大河ではない。河幅もずっと広く、河原は年ごとの洪水にまかせ、流れの迅さ深さ嶮しさ、さながら、原始時代のままだった。
ただ幾分か、人工が加えられてある所は、今、義経が立っているここ平等院の北の辺り――土民が富家の渡しと称んでいる岸だけであった。