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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
五
「やあ、危ういぞ梶原。この大事な河渡しに、鞍踏み返して溺れたら、敵味方の笑われぐさ。――腹帯を締め直さぬか。御辺の馬の腹帯が弛んで見ゆるに」
それには景季も、ためらわずにいられなかった。
彼は、弓を口にくわえて、鐙に足を踏んばった。そして鞍腰を上げながら、腹帯の結びめを詰め直していたが、その間に高綱は、先を取って、河を打渡ってしまった。
生は、水を切って、対岸へおどり上がった。
「――佐々木四郎高綱先陣。――この宇治川の先陣、佐々木四郎高綱っ」
呼ばわる声と共に、そのすがたは敵の中に没していた。
「してやられた!」
景季は、歯がみをしながら、二番目に刎ね上がって、そのまま敵の中に突入した。
三番四番はもう誰とも分らないほどだった。鼻さきを揃えた悍馬の群れは、すさまじい武者声を乗せて敵の正面へぶつかってゆく。
これまでのあいだ、敵もむなしく見ていたわけではない。主将は、木曾方でも聞えのある根井行親だし、部下にも強者は少なくなかった。
けれど時代の黎明を意識した新鋭の若さと、木曾軍の強さとは、比較にならない違いをこの実戦で見せた。
戦う上に全体的な信念を持つ兵と、戦うにただ個々の猛勇と個々の結果しか考えられない兵との相違である。