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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
四
と、案内を促されると、彼は勇躍して、一同の先に立ち、
「そう遠くはない」
と、無造作に歩きだした。
四
急に、大地は眼のまえで断れている。暗い空に岩角の線がうっすら蜿っている。そこから覘けば絶壁であろうことは疑うまでもない。
「一ノ谷」
「一ノ谷だ」
口々に思わず云う。その面へふきつける風には潮の香がいっぱいにふくまれていた。
人よりも勘のするどい馬は、早、前肢を突っぱって、後ずさりした。
「崖へのぞんで、岩を崩すな。馬を締めて、嘶かすな」
義経は、戒めながら全軍を後ろの木の間にかためた。
そして四、五騎の者だけで、能うかぎり断崖の際の近くまで馬を歩ませてみた。
「お、お」
のぞき下ろすと、敵の本拠はあまりにも眼に近いのではっとした。眼もくらむほど深さは深いが、平家の中枢と、自分等との距離としては、最小限度の近さである。
しかも平家方では、夜来の情勢に緊張して、寝もやらず諸所に篝を焚き明かしている。陣所陣所の仮屋、はためく幕、城戸、逆茂木など、美しいばかり明滅して見える。
そのあたりを一条、白い波の線が走っている。沖にも点々と、兵船の篝が数えられた。耳をすますと、風のまに、波の音、櫓の音、人声とおぼしいものすら微かに聞えてくる。