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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

六

彼はすでに夥しい物資を、鎌倉殿へ貸したが、その手形は、時政の証文でもなし、鎌倉殿の墨付でもなかった。

六

吉次は、どこかで義経に会いたいものと、念じていた。

「ご無事か。どうか」

案じられたのである。

子のように、彼の将来が、吉次には憂えられてならない。

鞍馬から奥州へと、かつて、彼の大きな運命の手綱をひいて奔った吉次は、その以後も、当然、常に義経の成長をよそながら見まもっていた。

彼は、伊豆の頼朝よりも、木曾の義仲よりも、

「この人こそ」

と、将来の大計を、義経に嘱していた。いや、彼にいわせれば、

「九郎殿を措いては」

とさえ思っていよう。

今にして、彼はそれを自分の誤算とも眼ちがいとも思っていない。

「鎌倉殿が先に立たれたのは、地の理、ご身分、年齢からいっても当りまえだ。……だが、要するに、反平家の人々は、鎌倉殿のその好条件を、旗として、持ち上げているのだ。真に、頼朝という人間に尊敬して盛りあがっている衆望ではない」

彼はそんなふうに観る。

そして、どう現状を見ても、

「九郎殿こそ」

と、やがて一世の上にぬき出る実力の人は、彼であるという見込みを変えなかった。