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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
四
「あたりまえだ」
涙を拭いて、
「自分の事より、この先の事より、いちばん考えるのは母上が、どうしたらお倖せになって行かれるかという事じゃないか。子として当りまえな考えじゃないか。……お会いしたい事も無性にお会いしたいけれど」
「恐れ入りました」
吉次は、思わず両手をついて、額を莚へすりつけた。心からこんな頭のひくい辞儀をしたのは、今が初めてだった。
彼は何か自分の荷物が、急に重たくなり出した心地だった。――折もわるくその時、部屋の戸口へ、妹の潮音が来ていた。佇んでその態を見ていたらしいので、彼女へも事情を告げなければ、怪訝がられる惧れがあった。
「潮音、ちょっと坐ってくれ」
吉次はそこで、あらましの事情を彼女へ打明けた。
四
潮音はそう驚いたふうもなかった。打明けられない前に、牛若とは察していたというのでもない。要するに、男の考えているほど、問題を重大とは思わないのであるらしい。世情に至って無関心なのだ。彼女も、上流人の宴楽に侍る白拍子という妓のひとりでしかなかったのである。
「分ったか、潮音」
「ええ」
「他言するなよ」
「はい」
「もし牛若さまを此家へお匿いしたと知れたら、おまえたち姉妹も同罪だからな」