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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

二

「胆太い無心をいうやつ」

呆れ顔が、やがて苦笑になる。

景季は、そこを押して、

「何とぞ。何とぞ」

と、頭を下げた。

馬を乞うために、頭を下げるのは、どんなに下げても、武士の恥でも卑屈でもなかった。同時に、馬を惜しんでやらない大将も、決して物惜しみとは笑われなかった。

当時の武風である。その頃の戦には、馬の偉力は唯一の器械力であった。心ある武士ほど良馬を持とうとした。世に聞えるほどな名馬とあれば争って自分の料にしたがった。

わけて、こんど義経の手について、宇治川の渡河戦に当るものは、まずあの激流とあらゆる障碍に耐え得るほどな馬をと、心懸けていない者はない。

奥州、東国は名馬の産地だし、坂東武者はみな馬術に熟練している。その中に伍して先陣の名のりを克ち取るのは容易なことではない。

「おれを措いて誰が?」

と、景季の抱いているような自信は、それに加わる五千騎はみな持っているであろう。

人も人だが、馬も馬だ。

「いかがでしょう」

景季は、押強く、面をあげて頼朝へ眉で迫った。

「生はいけない」

頼朝は、笑いだした。

「八ヵ国の大小名みな眼をつけおるが、あれのみは許さぬ。