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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
三
「乙若がね、お母あ様、あそこの百姓の家に干してあったこれを……」
「どうしやったのかや」
「黙って、取って来たんですもの。人の家の物、黙って取って来れば、盗人でしょ。――お母あ様」
三
見れば乙若は、兄の今若が母へそんな告げ口をしようが、耳になどかけず、小さな口を大きく開け、串柿を横ざまに持ちこんで、他念なくむしゃむしゃ咬みついているのだった。
「まあ、和子さまの浅ましい……」
とは嘆いたものの、常磐は、叱る気にもなれないのみか、
――無理もなや。
とさえ可憐まれて、自分という者がついていながら、この幾十日のあいだ、子達に、甘い物を胃に摂らせてやれなかった責めを、母の罪とさえ感じるのであった。
事実、彼女自身さえ、「甘味」を思うと、鳩尾のあたりが痛むほど、それが口に欲しくなる。糖分に飢えている事がわかる。弟の行為を罵りながらも、兄の今若も、乙若が心のままにそれを貪っている容子を、羨ましげに見恍れていた。
「乙若さま。お独りで喰べていないで、お兄様にも、その干柿を分けてお上げなさいませ」
常磐が云うと、
「喰べる?」
乙若はもう自分の欲望は足りた顔つきで、串を二つに折り、その半分を兄へ出した。