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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

政子

一

――口に出して、平家を罵るような狂僧の所へ、佐殿がひそかに行ったなどと聞えては、殿のお為にもよろしくない」

虫の音の闇に灯が見えた。いつか蛭ヶ小島へ帰り着いていた。――と、配所の門に佇んでいる被衣の人影が二つ見えた。兄弟が足を竦めて見まもっていると、やがて、佐殿の室のあたりから、塗りの大笠に面をかくした姫が忍びやかに出て来て、外に待っている二人の侍女らしい影に守られて草ぶかい夜露の道へ消えて行った。

「……あ。今のお方は?」

定綱は、弟の顔を見て、息をのんだ。

北条殿の女とは、いつも文使いにゆく盛綱にはすぐ分っていたが、何事でもないように、

「誰だっていいじゃありませんか――」

笑いながら彼は、兄の先に立って、配所の門へ入るなり、留守居の家人たちと、もう何か大声で、きょうの狩の獲物のない事を話していた。

政子

一

初冬である。

田の刈入れも終っている。きょうのように、鮮やかに富士の見える日ほど、風ももう冴々と肌ざむい。

「ことしの田の刈入れは、どんなだったな。例年よりは、よい方か」

北条時政は、馬上から振向いて、嫡男の宗時、義時のふたりを顧みた。

「いや、今年も狩野川の出水があったり、ひどい暴風雨もありましたので、上作とはゆきませんが、まあ、百姓の困窮するほどでもありません」