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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

三

と、聞かされた時は、それまでの無表情を破って、声をあげて慟哭した。誰がなだめても泣きやまなかった。

三

頼朝が泣きやまないので、延寿の父親の大炊は、わざと声を励まして、

「そればかしの事で悲嘆にくれるようでは、この先、どう生きてゆき召さるか。左馬頭義朝様のお子ともあろうものが」

と、叱った。

そして、

「まだまだ怨めしい事がある」

と、語った。

悲命の最期をとげたのは、頭殿ばかりではない。嫡男の悪源太義平どのも、次男の朝長どのも、もはや此世のお人ではない――と云い聞かせた。

頭殿は、ここへ着いて、すぐ再び尾張へ向けて立つ真際に、予ての打合せどおり、義平を木曾路へ、次男朝長を信州方面へ打立たせたが、朝長は前から悩んでいた手創に耐えかねて、途中から父の許へ引っ返して来て、涙ながら云うには、

(もうだめです。名もない平氏の地侍などに、恥ずかしい死目に会わされるより、父上の手にかけて殺して下さい。それを楽しみに苦痛をこらえて戻って来ました)

頭殿には、それを聞くと、

(おまえも義朝の子である)

と云って、手ずからわが子の首を斬り落したのであった。

また、長男の義平のほうは、飛騨まで入って、彼方此方の郷族へ呼びかけ、一時は少数ながら軍隊の編制とまで進みかけたが、折も折、左馬頭義朝が名古屋の辺りで討たれて首を京へ上されたと