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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
二
革新の潮の先頭に置かれた時代志向の権化でなければならなかった。
ただの民家を一時の居館として鎌倉の第一夜を明かした頼朝は、早暁に、十万の軍を閲し、諸将の口から、昨夜来、ここへ馳せつけて加わった新しい兵数の報告を聞き、その部将たちに目通りを与え、また、老将千葉介常胤や上総介広常には、
「土民には、安心して生業にいそしむよう。兵には、軍律を遵守して、よく住民をいたわるよう、令を布き、札を建てよ」
と、命じた。
その足ですぐ、彼は、
「鶴ヶ岡へ参拝にゆく」
と、云い出した。
この事は、きょう明日には、必ずあろうと予測していたので、列伍は立ちどころに整った。畠山次郎重忠を先に、千葉介常胤の隊が後ろに、頼朝のすがたを護って、粛々、道を進んだ。
道は、山之内村の耕地からやがて杉並木につつまれた木蔭にはいった。巨福呂坂の下あたりから水の涸れた谷川に沿ってゆくと、程なく、鄙びた板橋に丸木の欄をつけて赤く塗ってあるのが目についた。
「鶴ヶ岡か」
「さようでござります」
左右の答えを聞きながら、頼朝は駒を降りて、もう大股にその赤橋を渡っていた。
が。すぐ足を止めて、
「……此処か」