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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

八

俯向いていたが、

「お後から参りまする」

「風邪ひくな。陽が陰ると、寒うなるぞ」

「はい」

「来ぬか」

「お詣りしてもどります」

時政は、にこと頷き、館の屋根と広い庭を下に見ながら小道を降りて行った。

父のすがたが、樹々の陰へ沈んでゆくと、待ちもうけていたかの如く、御堂の横から総領の宗時が、

「妹っ」

と、駈け寄るなり、政子の手くびを、痛むばかりつかんで云った。

「お許は、お許は一体どうするつもりだ。山木判官へ嫁ぐ気か。ええ、政子っ、おいっ……」

「お静かになさいませ」

政子は、昂ぶる兄をたしなめて、

「お父上の立場もあります。親のいいつけでもあります。義母や異母妹たちの気持もあります。……こんどは嫁くときめました」

と、涙も見せずに云う。

宗時は、この妹が、こんな問題にぶつかりながら、自分に計りもせず、父へあんな承諾を与えたのが、憤懣に堪えなかった。案外なほど、政子が冷静なのを見、なおさら、その澄んだ顔いろが、妹ながら、憎かった。

「ふうム、ではお許は、佐殿を欺いたのだな。遊女のように恋を弄んで来たのか。それで心が傷まぬのか」

「ちと、お口が過ぎましょう。いかにお兄上なればとて」