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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

四

――ごほん、ごほん、と体じゅうを揉んで咳入っているのである。

「父上、お苦しゅうござるか」

嫡子の仲綱が駒を返しかけると、

「行け、行け。……なんの大した事はない」

と、頼政は顔を振る。そして仲綱におくれじとまた急いだ。

三条高倉に、大きな森とも見える一劃があった。後白河法皇第二の皇子、以仁王の御所であった。先に来ていた行家は、御所の小門のほうに佇んでいたが、急いで――と手を振って知らせ、なお四辺を見張っていた。

頼政父子は、御所の内にかくれた。――それからの事は誰知るよしもない。後に思いあわせれば、宮に謁を賜わり、平家討伐の事や、諸国の源氏へ参加の令旨を下さる事など、夜もすがら頼政父子と、諜し合せておられたかに思われる。

宮のご不遇にある事は久しかった。平家の専横に依ることはいうまでもない。

不遇な老将頼政の胸と、不遇な宮の御心とは、いつか同じ志にむすばれていた。

「引けない弓矢を捨てて二十年め、今こそ引く弓矢を取れと、天地がわたくしへ命じております。――あわれ八十になんなんとする老齢頼政の力では、腐え朽ちたる六波羅といえ、覆すには至りますまいが、わたくしが起てば諸国の源氏が奮い起ちましょう。