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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

二

山陽、四国にある平家のまだ侮れない旧勢力と。

それと、ここ鎌倉――と。

京都も中国方面も、外交に、政争に、軍備の拡充に、物々しく動いているが、鎌倉の静かなことは、

「どうしたものか?」

一頃の頼朝の迅速ぶりと思いくらべて、怪しまれるばかりであった。

「近ごろは、御台所との御仲も、至極、ご円満そうに見える」

と、いう噂は、その問題を気にしたがる家人衆のあいだでも一致した観測であり、それと共に、

「あのほうのご手腕にかけても、人すぐれた所がおありとみえる」

などという――悪い意味ではない陰口が――臣下のなかでほほ笑ましく囁かれたりしていた。

が、そういう無事と見えるなかに、鎌倉そのものは、実は大きなものを生みかけていたのである。

平家が行って徹しなかった武家政治に、頼朝は、自分の理想を加え、民衆の力も盛って、施政のうえに、今までなかった新しい方法を見出そうと腐心していた。

その一つ二つの現われとして、公問所とか、問注所などという役所を設けた。

そこでは、政治をきき、司法上の裁きをし、役人には、大江広元とか、三善康信などをおいた。

広元も康信も、長く京都にあって、政務には熟練している文官の逸材である。