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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
木曾殿
一
ここへ来てからは泣いてばかり暮していた。――泣くもよしと、雨中の花を見るように眺めていた義仲も、やや、あぐねて来た眼いろである。
「どうしたな、使者は。……きょうは昼にも立帰るはずだが」
つぶやいて、後ろを見た。
三名の侍が、木像のように、固く坐っていた。
義仲の焦躁から出る――どうしたな――の嘆息とも呟きともつかない問は、夕方からの連発である。
答えようがなく、
「……されば、もはや」
と侍たちも、同じことを繰返すしかない。
「枕。……枕をもて」
ごろりと横になる。
「はっ」
と、侍のうちから一人が起ちかけると、義仲は、強く手を振って、
「いい! 起つな! そちにいいつけたのではない」
と、泣き伏している人の黒髪を指さして、
「おいっ、枕を取って来い」
「…………」
「関白の女だから侍女のするような業はせぬというのか」
癇癖の半分は酒の声である。
こう怒ってばかりいる彼ではないのであるが、きのう今日はわけて、彼の性格の良いところは少しも出さなかった。
いやもう少し遡って彼を観ると、この夏七月、兵を擁して、堂々と、平家が退去した後へ入洛して来た時は、得意でもあったろうが、もっと落着きもみえ、こんな魁異な大将には思われなかった。