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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

神隠し

一

もう、法力試しどころではなかった。

山は吠え、谷は呼ぶ。

松明の火が、ここかしこの闇を走った。

「……とうとう去ったか」

ひとり。

牛若の師、阿闍梨蓮忍だけは、もう誰もいない堂の中に坐って、そう呟いていた。

去った者の未来を幸あれと祈っているのか、また、捕まって帰って来ることを祷っているのか、白い眉は、ただ重げに垂れているだけだった。

神隠し

一

歩くという常識では、歩かれた所ではない。ただ遮二無二であった。

断崖、渓流、闇黒と叢林の天地を峰づたいに、生命がけで逃げて来た。

「牛若さま。ここで一息つきましょう。貴船山です。あれに見えるのが貴船の奥之院。……ははあ、奴らは麓を走ってゆく」

吉次は、うす笑いをもらした。

松明の焔が幾つも尾を曳いて、そこから見える闇の底を馳せて行った。

「…………」

牛若は、われに返ると、その辺りを見廻してばかりいた。恐怖している眼ではない。檻を出た歓びのうろたえであった。

「小父さん」

「おうい。――こっちへおいでなさい。この拝殿の階で、一休みしましょう」

「吉次……。はやくお目にかかりたい。ほんとに、お母様に会わせてくれるだろうね」