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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
四
義経の胸には、今なお、澄みきれないものがあろう。その小濁りが、吉次には、泉の底よりもよく透いて見える。
きょうの棟上げの式に、兄の頼朝から、大工の棟梁に馬を引けと――あの曠々しい人なかで――酷い命をうけた時の気もちはどんなであったろうか。
(よくも、お怺えなされた)
と、無事に式の終った後で、多くの家人衆はうわさしていたが、吉次は、そんな傍観者のことばをわざわざ重ねてこの人に告げようなどとは思っていない。
むしろ彼の云おうとするのは、
(あなたは世間知らずだ。あなたは純情すぎる。あなたは余りにお人よしだ。云いかえれば愚人ともいえる。そしてご自分を余り粗末になさりすぎる!)
とまで、歯に衣きせず、直言したいのであった。
「…………」
が、云えなくなった。
云おうとする矢さき、ふと見れば義経の頬に涙がながれていたからである。
突然、吉次も不覚な嗚咽をもらしてしまった。がばと、肱を顔にあてたまま、草のなかへ俯っ伏した。
「吉次。何を泣く」
泣いている人が、冷然と、彼にたずねた。吉次は面をあげて、
「泣かずにおられましょうか。――あなた様とて、あなた様とて、きょうの事は、さぞご無念でございましたろうに」