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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

五

そう云って、じろじろ眺め、

「こんな所で、吠えたり泣かれたりしておられては迷惑じゃ。さあ、とっとと立ちなされ。――去んで下され。去なねば、沙汰人へ告げて、引っ立ててもらうぞ」

「…………」

生涯忘れようとて忘れられまい――そういったような眼で――常磐はその男の顔を見、此家の戸を見つめていた。

「去りまする」

召使の男の足もとへ、彼女はしかしそう詫びて叮嚀であった。ことばも静かに取乱しはしなかった。

「さ、和子さまよ。起って賜も、お眼を醒まして賜も」

ここへ来るなり睡たさに、小犬のように垣の根に眠ってしまった乙若を揺り起して、三人の母はまた、まだ遠方、此方に残る雪明りを頼りに、何処ともなく立去った。

五

その翌朝である。

「今、戻ったぞ」

牛飼頭の鳥羽蔵は、久しぶりに家に帰って来た。

帰って来るなり、

「温かい物を腹いっぱい喰いたい。湯なども沸かせ、戦の垢を落して、酒をのむのだ。――やれやれ命拾いした事だぞ」

と、足腰を伸ばした。

彼の妻や家族たちも、主人の無事な顔を見て、

「よう、まあ達者で」

と、過ぎた正月をし直したいばかり目出度がった。

「ええ美味えぞ。四十日ぶりの酒だわい」