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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
二
「佐殿には、はやお目ざめになられましたか」
誰やら早足に来て、戸の外からこう質す。頼朝が、それに対して、
「おうっ」
と答えると、また、ばらばらと駈け去ってゆく。
館のうちには、すでに物々しい空気がみちている。夜来の豪雨を冒して、馳せ参じている若人輩の顔つきや姿が眼にうかぶ。さてはまた、ここの北条家の家族や郎党、一門の誰彼にとっても、きょうこそは、成るか成らぬか、興亡のわかれ目に臨む朝であった。
「お。……霽れたな」
頼朝は、欄へ出ると、肺にいっぱいの大気を吸った。まだうす暗いが、空は落着いて、美しい晴空が、天の一角から澄みかけていた。
「館には、どこにおらるるか」
廊を奥へと、歩いて行きながら、ふと見た老女に問うと、
「はや、お山の大日堂へお渡りなされました」
と、云う。
道理で、母屋や客殿は、余りに平常と変りがない。大玄関のほうもひそとしている。頼朝は、時政の用意をうなずきながら、小侍に導かれて、庭つづきの小高い山へ登って行った。
おとといからの雨に、木々の葉は地をかくしていた。所々に、生木の折れが目につく。こんな小山でも、方々に水が出て、無数の小さい滝音が、館の濠へ落ちていた。