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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

三

従って、このばかな噂も、案外ばかにはされず、

「ふム。そんな事も、あり得ない事とは云えぬな」

一族の中にすら、半ば、信じる者があったりした。

そうした世間の沙汰や、ようやく、合戦の悪夢を忘れかけて来た巷のうごきの中に、早くも三月の二十日は来た。

頼朝は、前日の十九日から、池の禅尼の泉殿のほうへ身を移されて、遠い配所へ旅立つ支度に、夜もすがら眠る間もなく、暁を待っていた。

三

表のほうに馬の嘶きが聞えだした。次第にそれは、人声や馬蹄の音も加えてくる。泉殿の門前から広前へかけて、人の寄って来る気はいであった。

「夜が明けたな」

頼朝は臥床から立った。

彼の起き出た様子に、泉殿の使い女たちは、妻戸をあけ、蔀を上げた。

――が、夜はまだ明けきれてはいないのであった。星さえ見える暁闇である。

「あ。もし」

雑仕女のひとりは、頼朝が、自身で臥床を片づけているのを見て、あわてて寄って来ながら云った。

「ここのお掃除などは、私たちがいたしまする。それより身支度を遊ばして、禅尼様のお部屋へおいでなされませ」

「禅尼様には、もうお目ざめですか」

「ええ、ゆうべは遅くまで、あなた様とお物語りでしたが、あれからも、ほんの一刻ほど、お眠り遊ばしたきりでございまする」