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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

紲車

一

これ以上、自分にない義心を持って見ても、それは遂に、御前様の身や和子様たちを、六波羅の捕吏の手柄に供えてしまうだけのものです。明日を待つのも危ないのが眼に見えておりまする」

「わかりました。夜の明けぬうちに、そっとここを立退きまする」

「……ざ、ざん念です」

遂に、光厳は、それまで怺えていた涙をはふりこぼして、法衣の袖で、わが顔を蔽ってしまった。

「わたくしが、病弱な弱法師でなければ、もいちど武士の子に返って、お供をしたいとも思いますが」

病骨の体ほど、かえって、若い血が烈しく咽び上げるらしく、光厳は、法衣の中で嗚咽していたが、また、

「みすみす、行くあて途もないあなた様やその和子たちへ、出て行けと、追わぬばかりに云わねばならない私の辛さ。……御前様、おゆるし下さい、おゆるし下されませ」

光厳はそう訴えると、男泣きに床へ泣伏したが、常磐の眸はじいっと一方の壁を見つめているだけで涙も見せていなかった。氷の張りつめた池のように、その眼は泣く事すら忘れていた。

紲車

一

二月も近い空の寒々と夕冴えした黄昏であった。

吹き寄せられた水鳥のように、伏見の船戸の津には、小さい苫船が橋の蔭やら岸辺にかたまっていた。