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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
四
そして、われ知らず頬をながれるものを拭わずに、蓬壺の園にすだく昼の虫に心を沈めていると、どたどたっと廊を早足に渡ってくる跫音がした。
入道は、あわてて眼を拭い、常よりもかえって恐い顔を作って、
「誰だっ。静かに歩めっ」
と、叱った。
「わたくしです。早くお知らせしなければと思ったので、つい……」
子息の宗盛と――入道には孫にあたる――資盛とが、揃ってそこに両手をつかえた。
「なんだ? 慌ただしゅう」
「父上。……ここにおる資盛が、当然うけ継ぐはずの越前の所領が、兄重盛が死んで間もないのに、何のお沙汰もなく、没収と、仰せ出されました。お聞き及びでございますか」
「何、重盛の所領を」
「嘘かと思ったくらいですが、糺してみたところ、誤りのない事なのです」
「……そうか」
努めて冷静であろうとしたが、入道の顔いろは抑えきれないものに変っていた。
「そればかりではありませぬ」
宗盛が、なお図に乗って、告げ口しかけると、
「うるさいっ」
入道は、吠えるように叱って、
「つべこべ云わんでもよい。また、例の鹿ヶ谷だろう。退がれ。退がっておれ。――だが、帰るなよ、あちらに控えておるのだ」