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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
四
ここらはもう深草村に近い。
宵を過ぎると、野良犬の声ばかりだった。一月ほど前の戦争の脅えは、まだ部落の者から醒めきれていない。
ついそこらの藪や山畑の窪には、斬り捨てられた落武者の屍がそのままになっていて、雪解けの昼となれば屍臭を放っている。名もない雑兵とあっては、六波羅でも片づけもしないし、首の拾い手もなかった。
「誰じゃ。門を叩くのは」
この部落では、今、物持といわれている牛飼頭の鳥羽蔵の家で、ふと、そんな声がした。
声と共に、横窓の小蔀が、すこし上がって、燈りが外へ流れたが、
「要らざる事を。――開けるでない、外など、見るでない」
と、召使を叱りつけた――それは老女の声音らしく慥かに、外へも聞えたのであった。
「おお」
燈りを見たので、門の辺りにさっきから佇んでいた常磐は、柴垣の外を転ばんばかり駈け巡って、
「伯母さま! ……。もしっ、もしっ……伯母御さまえ……今のお声は伯母御さまではございませぬか。京の常磐でござりまする。子たちをつれて、ようやくここまで、辿りついて参りました」
さけぶ間にも、乳のみの牛若までが、泣くのであった。
事々しく訪れては、近所の家の耳へも悪かろう。