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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
四
そこで文覚は、無断に庭へはいって、大声で、勧進の文を読みだした。その折から、笙歌に耳を傾けていた殿上殿下の人々は、驚いて彼を、殿庭の外へ、引ずり出そうとしたために、文覚は数名の者を殺傷したというのである。――頭は剃りこぼちても、まだ遠藤盛遠の血は、こんなふうに深淵の龍のごとき本性を喪失していないのである。だから彼の自称する「善相人」というのも、そのつもりで観ていないと、いつ牙を生じ、焔の舌を吐くやも知れない。
四
やがて、文覚は、
「伊豆にもはや長い月日となるが、佐殿には、つつがなくご成人かな」
と、炉の前の佐々木兄弟を見くらべながら訊く。
盛綱は、いと無愛相に、坐っているだけのものなので、定綱はよけいに主へ気を遣って、いちいち慇懃に、
「されば、配所のお住居も、いつか十七年とおなり遊ばし、至ってお健やかに、為人もまた尋常でいらっしゃいます」
「お幾歳になったか」
「二十九歳におなりです」
「もう、三十か」
文覚は、何やら唸いて、
「早いものだのう。然るにても、平家の衆は、その間の順調と、繁栄に狎れて、義朝の子の年を、数えてもおるまい。一人として、伊豆に佐殿のあることすら、今は杞憂に抱く者がなかろう。