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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

二

――ポツ……ポツリ

雨が斜めに落ちて来た。

ここから一里ほどもない駿河湾の静浦、江の浦のあたりまでも、もう一面な低い雲に蔽われて、たった今まで、陽のあたっていた海面が、一尺の水面も見えなくなっていた。

「あっ、夕立」

と、籠をかかえて女童は近くの厩の廂へ逃げこんだ。白い雨が、一瞬翔けて行った。どこかに雷鳴の落ちたような大きな音が近くでした。

「おお、ひどかった」

すぐ霽れた青い雲間を見て、女童たちはほっとした眼をし合っていた。すると一人が、厩の内を覗いて、頓狂な声を出した。

「おや。お馬がいない。殿さまはいらっしゃるのに、龍胆だけが。龍胆はどこへ行ったんでしょう?」

二

馬を大切にすることは、貨幣以上であった。良い馬は、黄金を以ても、容易に得難いものとして、財宝の一に数えられるほどだった。

殊に、武人は、弓矢太刀などもさる事ながら、名馬を厩に持つことは、心がけの一つだった。けれど、諸国の牧から市へ出る逸駿も、そう数はないので、すこし名の聞えた馬といえば、みな財力のある都へ買われて行った。

だから平家一門の公達輩は、見にして、各、名馬を争い持った。名馬を手に入れる事では、屡悶着や喧嘩さえ起った。