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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

四

「ぜひもない儀。では、またの機を待つとして、若君のお身に、万一のないように、誰ぞ二、三」

「お気づかいに及びませぬ。われわれが、夜もすがらでも、陰身に添うて、お守りしておりますれば」

声を揃えて四、五名がいう。

渋谷、長田などを先に各は会を解いて別れかけた。すると、唐突に、一人が呶鳴った。

「やっ。誰だッ。――誰かいたっ」

「何っ」

声の起った所へ、戻りかけた面々も足を回して、真っ黒に寄りたかった。そこの岩陰へ、見つけた者が先へ躍って、猪でも手捕りにするように、一人の男を捉まえて組伏せていた。

「引出せ、引出せ」

辺りが狭いので、近寄れない者たちが云う。心得たと、襟がみを掴んだり、手頸を取って、ずるずると渓流の水明りに近い辺まで、引き摺って出た。

「六波羅の諜者だな」

一同は取り囲んで、そこにへた這ッている一個の男を、天狗のような眼を揃えて睨めつけた。

四

不覚。逃げ損じた。

吉次は心の奥で、しまったと思いながら、大地へ顔をすりつけ、出来るだけ身を縮めて、小身を装っていた。

そして飽くまで、

(自分の周りにいる者は、人間でなく、真実の天狗である)

と思おうと努めていた。