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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
「主人をさがし求めるとて、方角ちがいへ迷うたのか」
「はい……。へい」
吉次の誇張がいかにも滑稽に見えたので、もう怺えきれない天狗が吹き出してしまった。それをまた、繕う為に、ほかの天狗は、
「何と、虫のような、心細げな声を出す人間ではある」
と云って、いちどに声をそろえ、谺するばかりどっと笑った。
「太郎坊、太郎坊。この人間、どうしてくれましょう」
ひとりの天狗が、体の巨きな天狗にいう。
大天狗は厳かに、
「取るに足らぬ男とは見えたり。この谷間を犯した罪はゆるし難いが、生命だけは助けて、世間へ抛り返してやれ」
「どう抛り返しますか」
「よいように」
「心得申した」
「いや待った。その前に、裸にして、持物などもよう検めた上で」
「そうだ!」
吉次はたちまち裸にされた。
運よく、怪しまれるような物は、何も持合せていなかった。しかし、誰の携えていた物か、真っ赤な古法衣を頭から被せられて、その上からぐるぐる荒縄で縛られたのには、さすがの吉次もどうなる事かと胆を冷やした。
いよいよ生命に関わりそうになった時は、素姓を打明け、知恩院の光厳とは知っていた間であることを訴えてみる気でいた。