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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

血を見たせいか、馬もにわかに悍気を震い立って、まるで雪神でも翔けるように、雪風を裂いて走った。

急に頼朝は怖くなった。

父はどうしたろう。兄は、一族たちは。

頼みの乗馬とも、翌る日は別れなければならなかった。雪に脚を折ったのだ。徒歩となれば、具足は重い。それに人目にもつくので、重代の太刀も鎧も、馬と共に捨てて、身軽になって歩いた。

二十八日の夜の頃は、もう自分でも何処を彷徨っているのか覚えなかった。頭も寝不足でしんしんと痛い。耳も頬も触ってみても自分のものの気がしない。父や兄達の事すら、考えられない程だった。ただふしぎに戦場の有様だけは頭脳から消えなかった。眼をふさぐと、六条河原あたりから御所の間近まで焼けたその日の炎や黒煙が見えてくる。じんじんと、太刀ひびきや矢唸りも耳の底から甦って来る。何度も足に躓いた首のない胴だの、足のない屍などもありありと思い出される。

怖くない。怖いなどというそんな浅いものではない。

(戦争って、こんなものか)

と、頼朝は思うだけだった。そしてそんな幻想と思い出に取憑かれながら、彼の夢は、その晩江州浅井の山里の、誰が家の小屋とも知れぬ戸もない廂の下に、柴薪や漬物桶などの間に挟まって、深々と睡り落ちていた。