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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

「誰にも、告げはしません」

「姉にもよう云うておけ」

「すぐ話して来ましょうか」

「待て」

吉次は、声を抑えて、

「おれは今夜立つとする」

「え。今夜のうちに」

「町の気はいも観てきたが、だいぶ余燼は冷めたらしい。六波羅の侍自身が、牛若の失踪は、神隠しだと云っているそうだ。どこまでも天狗が、頭から脱けないらしい」

「わたし達もよく耳にしました」

「どこで」

「諸処のお館で」

「牛若さまのうわさをか」

「ええ。あれが世にいう神隠しというものじゃろうと、平家の大将方も、お公卿方も」

「わずか十六歳の牛若さま一人を、六波羅の威勢をもっても捕まらないとなると、これは估券にかかわるからな。――それに鞍馬の僧院でも、当面の役人たちでも、神隠しという事にしてしまえば、誰にも責任は来ないわけだし、すべてに、その方が無難でもあるからな」

「あなたは、とんだ悪戯な神さまですね」

「おれかい。――いやおれはお使い役の木っ葉天狗さ。ご本尊は奥州の平泉にいらっしゃる」

女に心をゆるし過ぎてよかった例はない。吉次は、自分の口軽い調子を自分で戒めながら急に改まって、

「さっそくだが、おまえの衣裳を一揃え貸してくれ」