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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

異僧

一

鬱勃たる二十九の胆と血しおとは、時折、そうして抹香の氷室へ入れて冷却する必要もあった。

やがて。また日課の読経がそこから洩れた。亀の前は、暇を告げるべく、室の外に手をつかえたが、ただすすり泣きのみして、悄々と去った。

草の穂に、夕風が立ち初めた。

蜩が啼きぬいている――

異僧

一

山の秋は早い。もう霜を見たような蔦や漆の紅さだった。

「兄者人。帰ろう」

「まだ陽が高いのに」

「でも、飽いた」

狩支度で、韮山の奥へはいった定綱、盛綱の兄弟だった。

負って来た矢も残り少ないのに、四、五羽の鳥を腰に獲ただけだった。

「何という日だ。せめて猪の子でも出て来ねば」

「まだ季節が早い」

ふたりは、疲れた脚を、草に投げた。――谷は暮れかけたが、箱根の頂には、まだ赤い陽が見える。

「弟」

「ウム?」

「きのうもそちは、殿のお文を持って、北条殿の奥向へ、お使いに行ったの」

「行った」

「よく参るのう、しげしげと」

「おいいつけだ」

盛綱は、ぶあいそな顔して云う。俺が行きたくて行くのではないと云いたそうである。

すぐ下の山寺で、読経の声が聞える。その経文で思い出したように、

「……困ったものだ」