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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

いや、境遇や年齢からも、政子の生きがいは、今となっては、唯一人の男性へひた向きにかかっていた。しかもその男性は、彼女の理想に最もかなった高い家門の嫡流である。風采も土くさくなくて、貴公子の香りがある。武事ばかりでなくよく風月を解しもするし、志もまた大きい。

政子の心が囚われたのは、それだけを男が具えているばかりでなく、そうした貴人の胤が、薄命な境遇にいる――という事だった。彼女は、頼朝の薄命にも恋したのである。そして兄の宗時から、

(あのお方を護り立てて)

と囁かれた大事に対して、事実は、兄以上の情熱を彼女は抱いた。恋のみか、その大きな成功をも、政子は、深窓で考えていたのだった。

――だのに。

何で、山木判官へ嫁ごう。

嫁いで、その夜逃げる。

身を潜める。

父のせいにはならない。

父は、不埒な娘と、怒っていれば済む。そのうちに、余燼も冷めよう。

その頃、頼朝のそばへ行って、共に暮す。――当然山木方から挑戦の火の手があがろう。こちらも戦う。

絶好な口火だ。

世上へは、恋の紛争と聞えよう。京都も油断があろう。そのまに、大事の第一歩を踏み出して、同時に旗挙げを宣言する。