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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
今し方、彼は、そこで日課の読経をすましたばかりだったので、壇には、まだ燈明がともっていた。
行家は、そこに入って、義朝や一族の位牌を見ると、すぐ涙を催して、壇に向って礼拝していたが、ふと、べつな小さい位牌厨子の前に、紅と白の打物の干菓子が供えてあるのを仰いで、
「これは、誰方の?」
と、頼朝を顧みて訊いた。
頼朝も、仰ぎながら、
「私にとっては忘れられない池の禅尼のお位牌です」
と、答えた。
頼朝が十四の時の恩人を忘れずに、今もなお、その人の霊に、燈火をあげているのを知ると、行家は、
(やはりこの甥は、義も情も解さない冷薄な人間ではないのだ)
と思って、急に、自分の情熱まで甦って来た心地になった。
それかあらぬか、彼は遽に、炯々たる眼ざしをして、
「――実は、このたび自分が東国へ下って来たのは、わたくし事ではなく、宮方の令旨をおびて、諸州の武人がどんな考えでおるか、密かに東国の動向を糺しに来たわけでおざる」
と、厳かに云い出した。
三
宮のお使いと聞いて、頼朝も驚いたらしかった。
「お待ちください」
叔父の行家へこう云うと、彼は持仏堂からどこかへ出て行った。