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みなもとよりとも
源頼朝
吉川 英治
「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页
「景廉、景廉。ふたりも来い」
ふいに、後ろを向いて呼ぶ。
堂の傍らにひかえていた加藤次景廉、佐々木盛綱、堀藤次親家――そう三名が、駈け寄って来て、
「何、ご用で」
と、ひざまずいて、頼朝の面を窺う。
頼朝は手に持っていた長刀を、景廉に授けながら語気つよく云った。
「まだ火の手の見えぬは、味方の苦戦とみえる。時移しては、大事は去る。ここはよい、わしの身などに護りはいらぬ。そちたちも駈けつけて加勢せよ。――この長刀に、山木兼隆の血を塗って来い」
「はっ」
三名は、頼朝のことばに、武者ぶるいを覚えながら突っ立った。――さらぬだに、こよいの初の戦に洩れて、疼々と腕をさすっていた折でもある。
――が、顧みて、
「でも、われわれ三名まで、ここを離れては」
と、頼朝の身を気づかうと、
「何を猶予っ。はやく行けっ」
と、かつて聞かないほどな癇高い声で一喝され、三名は、あっと云うなり道を駈け降りて、御所内の濠の吊橋を、飛ぶが如く、もう彼方へ急いでいた。
けれど。
三名が、いかに足の限り駈けても、まだ山之木郷までは到底、行き着いていまいと思われる頃に――青い月空の一方に、炎というよりは、夜明けの美しさに似た曙色の光がうっすら映し初めていた。