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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

「わしの生命は強い。この大自然の中で山野に呼吸している者だ。――平家の生命は、組み立てられた第宅や人智の機構を力とし、しかもそれは腐えかけている末期のものだ。――暴風雨の中に立つ殿楼と、大自然の洞窟とのちがいだ。……勝てる! きっと勝てる。平家のごとき何ものでもない」

彼の意志は、もうこの伊豆界隈の三千や五千の平家を、敵とも数えていなかった。――幼な心に記憶している都の様を脳裡にえがいていて、そこの文化、そこの旧い勢力、そこに想い起されるあらゆる宿怨を、敵とみつめた。

「殿……。殿……」

誰か、洞窟の奥から呼ぶ。

が――滝つぼの中にいるような大雨の音である、翔ける風の声である。頼朝の耳には、聞えなかった。

また。

ふしぎにも、こよいは、頼朝にとって、山之木郷に火の手をあげて以来の心たのしい晩であった。瞑想の快楽も手伝って、風雨のたけびさえ耳から忘れていたのである。

バチャ、バチャ……と水のなかを四つ這いになって、誰か、奥から這い寄って来た。佐々木高綱であった。

「水が溜って参りました。お坐りになっている楯が、舟のように浸っております。もっと奥へお潜みなされませ」